大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和28年(オ)405号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人荒谷昇の上告理由第一点について。

論旨は、本件十の部の農地の賃貸借の合意解約は、何ら不法、不当でないにも拘らず、これを不法、不当とした原判決は、昭和二二年法律二四〇号農地調整法の一部を改正する法律附則(以下単に、農地調整法昭和二二年附則という。)三条一項、二項の解釈を誤り違法であると主張するのである。しかし、原審は、昭和二二年三月上告人が訴外出崎兵太郎に対し従来賃貸していた本件十の部の農地並に八の部の農地の返還を申込んだところ、兵太郎が之に応じなかつたので、豊川村農地委員会に対し右二個所の農地の賃貸借解約の許可申請書を提出したこと、昭和二二年三月三一日同委員会に於て右解約の可否について審議を為したところ解約を否とするのが委員全員一致の意見であつたこと、しかしながら上告人と兵太郎とは本家分家の関係であるので同委員会が争議の円満解決という立場から両者間の斡旋を為し、その結果上告人は右八の部の農地を兵太郎に売渡し、その代りとして兵太郎は本件十の部の農地の賃貸借の解約に応じ之を上告人に返還する旨の協定が両者間に成立し、同委員会に於ては、両者間の争議を円満に解決するという見地より石川県知事に対し右の事情から本件十の部の農地の賃貸借の合意解約の許可を可とする旨の意見を具申してその許可申請書を進達した結果、昭和二二年九月二三日前記石川県知事の許可が為されたこと、ところがその後上告人が兵太郎に対し八の部の農地の売渡手続を為さざるのみか、その耕作さえ認めず返還を要求して前記協定を破棄するに至つた、そこで兵太郎が本件十の部の農地につき農地調整法昭和二二年附則三条一項の協議を求めるため同委員会にその承認を申請し、昭和二三年九月二日同委員会がその承認をなすに至つたことを認定しているのであつて、原審がその挙示する証拠によつて右事実を認定したことは、当審においても是認できる。しからば、上告人、兵太郎間の本件十の部の農地の合意解約は、上告人が八の部の農地を兵太郎に売渡すことにつき異議のないことを前提としてなされたものであり、若し上告人が八の部の農地を兵太郎に売渡すことに異議があるならば、兵太郎は前記解約に同意しなかつた筈であつたことが認められる。従つて、原審の認定したごとく、上告人が、兵太郎に対し八の部の農地の売渡手続をなさざるのみか、その耕作さえ認めず、これが返還を要求するに至つた事実の存する以上、前記解約は不当な解約というべく、それは適法であると否とに拘らず結局において、すくなくとも農地調整法昭和二二年附則三条二項二号にいわゆる正当な解約とは認めることができない。従つて、豊川村農地委員会が、右附則三条一項、二項により、昭和二〇年一一月二三日現在において本件十の部の農地の賃借人であり、その後右にのべたごとき不当な解約によりその賃借人でなくなつた兵太郎に対し、昭和二三年九月二日賃借権回復の協議請求の承認を与えたことは正当であつて、原判決には所論の違法はない。(なお、上告人は原審が本件賃貸借の合意解約は上告人主張の通り無条件であることを認定したというが、原判決は、右合意解約が無条件であると判示したのではなく、右合意解約につき知事のなした許可は、上告人主張のごとき条件を附したものではないと判示したにすぎないのである。)

同第二点について。

論旨は、被上告人が、上告人の訴願に対し賃借権設定の裁決をしたことは違法であつて、これを是認した原判決には、農地調整法昭和二二年附則三条七項の解釈を誤つた違法があるというのである。しかし、同条五項によれば、同条三項の市町村農地委員会の裁定に対し不服ある者は、賃貸人たると賃借人たることを問わず、都道府県農地委員会に訴願することができ、都道府県農地委員会は、右訴願に対し裁決をする職務権限を有するものであり、そして同条七項には、「又は前項の規定により賃借権を設定すべき旨の裁決があつたとき」云々とあるから、都道府県農地委員会は、この点において市町村農地委員会に対し上級行政庁たるの地位を有するものであつて、同委員会は、右訴願に対し、これを却下し又は市町村農地委員会の裁定を取消す裁決の外、賃借人からの訴願の有無に拘らず必要により賃借権設定の裁決をなしうるものと解するを相当とする。それ故、被上告人が、本件豊川村農地委員会の裁定に対する上告人の訴願に対し、右裁定に必要な補正を加えて賃借権設定の裁決をしたことは違法ではなく、所論は採るを得ない。

同第三点について。

豊川村農地委員会の本件裁定に手続上の瑕疵のあることは、原審もこれを認めているが、被上告人に、本件につき適法に賃借権設定の裁決をなす権限のあることは上告理由第二点に対する上記説示に述べたとおりであり、被上告人は、豊川村農地委員会の本件裁定に対する上告人よりの訴願に対し、適法に上告人と兵太郎との間に十の部の農地の賃借権を設定すべき旨の裁決をなし、これに対し、上告人は本訴を提起したのであるから、豊川村農地委員会の本件裁定の前記瑕疵は、右被上告人の裁決の効力を妨げるものではなく、原判決を非難する理由にはならない。それ故、所論は採るを得ない。

同第四点について。

論旨は、農地調整法昭和二二年附則三条が憲法二九条に違反するというのである。しかし右法条が、昭和二〇年一一月二三日現在における農地の賃借人で、同日以後昭和二二年法律二四〇号による農地調整法九条三項の改正規定施行の日前に、賃貸借の解除、解約(合意解約を含む)又は更新の拒絶に因つて当該農地の賃借人でなくなつたものにつき、同条所定の要件の下に賃借権の回復を認めているのは、右解除、解約又は更新の拒絶は、時として農地調整法の目的に背馳して、農地を耕作者から不法又は不当に取上げ、耕作者の地位を不安ならしめたことがあるので、そのような場合には、賃借権回復の方法によつてこれを是正しうる方法を講じ、耕作者の地位の安定をはかろうとしたものであり、しかも同条二項には、市町村農地委員会が賃借権の回復に関する協議請求の承認をなし得ない場合を列挙し、右承認が農地調整法の目的を達成するため必要と認められる限度で行われるよう規定を置いているのであるから、これらを総合すれば、農地調整法昭和二二年附則三条は、不法又は不当な農地の取上げを是正して農地調整法の目的たる耕作者の地位の安定を図るという公共の福祉の為に、必要已むを得ない規定というべきである。従つて、右附則三条の適用により、地主の財産権が侵害されるに至ることがあつても、これをもつて、同条が憲法二九条に違反するものということはできない。それ故、所論は採るを得ない。

同第五点について。

論旨は農地調整法昭和二二年附則三条が民法六〇一条と両立しないから無効であるというが、農地調整法その他農地調整に関する法律の規定は、民法に対しては特別法たるものであり、特別法が一般法に優先することは当然であつて、特別法たる農地調整法昭和二二年附則三条の規定が、一般法たる民法六〇一条と両立しないからといつて、無効となる理由はない。それ故、所論は採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例